葬儀屋と呼ばれるとき

葬儀屋と呼ばれるとき

2012.1.4

葬儀屋さんが昔ながらの男社会であった時から女一人(静岡は田舎ですから)。
制服も男性用しか用意していない会社ではありましたが、当時から「おい葬儀屋の姉ちゃん!」と呼ばれ、町内の人・施主様・ご遺族様に本当にかわいがって頂きました。
私は言葉は荒くとも、とても皆様の愛情を感じておりました。
今でも暖かい言葉を頂くといつもほっとするものです。
私は・・・葬儀屋さんはホテルマンと同じサービス業だと思っています。
重く冷たいドライアイスをお身体に添える時、乱れた髪を整える時、お疲れの喪主さまにそっと椅子を差し出す時、特別な惜別の時間をご遺族はどんな風に過ごしたいのだろうか?最期のお手伝いという信念を持っています。
どんなお葬式でも葬儀屋さんはお手伝い(サービス)する仕事なのです。
葬儀屋さんは単純に棺(ひつぎ)をセールで売っているのではありません。
しかし最近、「おい葬儀屋!」と呼ばれるとき・・・ホントにごく僅かなお客様ですが、簡単に・面倒だから・葬儀は要らないってテレビでやってたよ!棺は安いはず!<葬儀屋は儲かるだろう><人の死を商売に・・・>という言葉に自分の力不足を痛感します。
数々の著書やマスコミなどの報道・・・間違っているとは思いません。
確かにそうだと反省することも何度もあります。
しかし、これだけ多様化した家族の在り方を度外視して・・・なぜひとつの事例で判断するのかと不思議でなりません。
人はいろんな影響を受けて日々を過ごします。
受けた刺激を自分自身と家族のお別れとして考えてみて欲しいのです。